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モノを多く持たせる生活様式

私たち戦中・戦前を生きた者には懐かしい時代、つぎが一九五六年から高度経済成長期を経て一九七三年の第一次石油ショックの時代、それから以降、若干低成長期からまた盛り返して現在に至った、生活の社会化・商品化やサービス化が一層進んできた時代と、戦後の生活を三つの時期に分けてそれぞれの生活様式の特徴というのを、具体的なモノで表現させています。最初の住宅の欄を見ると、「量・質ともに不足……」となっています。これは、北海道ではそうでもなかったかも知れませんが、大阪はそのとおりでした。

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私は大阪で生れ大阪で育ちました。戦争で大阪は大空襲を受けて、私の家は丸焼けになりました。すべての家財道具を失いました。それでも学童疎開をしないで、焼け跡のまちで親類の家に同居して暮らしました。両親が子どもと分かれて暮らすのを悲しんで、私たちを疎開させないで親類の家の狭いところに七人の家族が同居させてもらったのです。母親がしょっちゅう泣いていたのを私は子ども心にも覚えています。当時は、今では考えられない人間性を否定したような辛い同居生活という住み方をしなければならなかった時期でありました。もちろん蛍光灯などもまだないというような時代でした。当時のことを、昭和十六年の「家具調査」で見てみると、洋服タンスを持っている家庭は東京の場合でまだ10数パーセントです。生活の洋風化はまだ進んでいませんでした。