原始・古代丹後地方で最も古い出土品は、京丹後市峰山町の途中ケ丘遺跡で見つかった有舌尖頭器です。約一万三千年前、旧石器時代と縄文時代との過渡期のものと推定されています。縄文時代が始まったころは、まだ土器がごくわずかで、石器だけが発見されるケースが多く見受けられます。有舌尖頭器は、舞鶴市・京丹後市久美浜町などでも発見されています。縄文時代の遺跡として有舌尖頭器/槍の先端などに取り付けて使ったと考えられる細長い石器は、京丹後市網野町の浜詰遺跡が有名で、貝塚からは魚貝類のほかに、哺乳動物の骨やドングリの実などが出土。丹後の山々で狩猟を行い、海岸で漁をしていたことが分かり、当時の人々の生活をうかがい知ることができます。禅海寺は日置上、世屋谷人口の台地上に所在します。寺伝によれば貞観年中の創建で寿福寺といい、南北朝時代に禅海寺と称しかと伝えます。また、当寺は鎌倉御家人日置氏の菩提寺と伝え、寺の北方三百メートルの山続きには、日置氏の居城跡があります。本尊の阿弥陀如来及び両脇持像は、定朝様の美しい仏像で、都の仏師の制作とされており、平安時代の宮津への浄土教の普及を物語る作品です。寺蔵の千手観音立像とともに重要文化財に指定されています。また、仏涅槃図(市指定文化財)は鎌倉時代の金剛心院愛染明王坐像作品で、宮津市内最古のものです。金剛心院は日置上の畑谷人口に所在します。寺伝などによれば平安時代の創建で、初めは宝光寿院と号したといい、鎌倉時代末に西大寺流の忍性が金剛心院として再興したといいます。本尊は、愛染明王坐像(国指定重要文化財)。小像ですが、怒りの表情と赤身、極彩色には存在感があります。台座、光背、厨子いずれも当初のまま非常に良い保存状態で残っています。また九世紀の作品である如来立像、鎌倉後期から江戸初期の制札六枚(いずれも国指定重要文化財)のほか高石地蔵など忍性ゆかりの遺品が多く残されています。
[名湯のご紹介]
名湯夕日ヶ浦温泉